23
歳を重ねることへの嫌悪感というものに今年はそれほど悩まされなかった.
色々なことに対しての諦めがつき始めたんだと思う.これはこれで寂しい.
相変わらずの日々を過ごしている.忙しない生活と少しばかりの読書.
憂鬱な春に心を蝕まれたあと,梅雨がそれらを全て払い去ってくれたのは幸いだった.
旧友からの連絡に気まぐれで返信をした事から,少しづつ人間や社会との接点が復元されていっている.麻雀をしたり,輪読会をしたり,高校時代の友人とMinecraftのサーバを建てたり.そうそう,昆虫のブリーダーをやっている彼は線香をあげにわざわざ実家を訪ねて来てくれた.
まるで自殺をする前みたいに懐かしい面々に会っている.不登校でほとんど行っていない中学校の担任や学年主任,祖父の葬式でしか顔を合わせたことのない遠い親戚,小学校を卒業してから一度も遊んでいないかつての親友.夢を実現させて漫画家になっていたのは驚いたな.
そんなこんなで人間関係のリハビリを行うこと(そんなつもりはなかったんだけれど)で鬱っぽい状態からは脱せたように思える.
人間関係を再開した副作用として文章を書く量と時間が大きく減った.「人は満たされていないと文章を書く」だとか「人は余裕があると文章を書く」みたいな話を聞いたことがあるけれどまさにそうだと思う.
この文も5月末に書き終えようと思っていたんだけど,日記が疎かになっていたからあまり載せられるようなものがなかったという訳.
親戚について
うっかり親戚との関係性に絶縁リーチがかかってしまった.
友人,恋人,知人なんかと違って,血の繋がりがあると"関係を強制されるので"面倒なことが多い.うちは一族の中では末端扱いなので鋭利な言葉が飛んでくる.
人間関係を損得勘定で見ることは良くないが,実際付き合うデメリットが大きいので本当に困っている.
嫌なことを嫌だと言えるようになりたい.
23
誕生日にブログを更新しようと思っていた反面,君から素数に関するメッセージをもらうまで二日後が誕生日であることをすっかり忘れていた.
素数が好きな理由をしっかり言語化したことは無かったので,思い通りに伝えられているかは不安だけど,23 ≒ ❤︎ という話はとても印象に残っているんだよね.
少し無理やりだけど23繋がりの話.
5月23日のメッセージがとても好きで,見返した時にハイコンテクストなのに「わかる」感じがして温かい気持ちになったんだよね.それだけ.
体力について
勉強をするのにも,読書をするのにも,映画をみるのにも,とにかく生きているだけで何をするのにも体力を消耗して仕方がない.
特に6月からはしっかりと軸を定めなおそうと思っているので基礎体力作りをしたい.
週1〜2のランニングと腕立て伏せ,それに腹筋トレーニングだけは継続していきたい.
砂浜,ストロングゼロ,星
砂浜までセグウェイを飛ばした.酒を飲んで寝転がったら夜空が涙で隠れた.
別に鬱とかではないけれど,なんだか冷静になってしまった気がする.人生に対して.
砂浜には日中に太陽から蓄えたエネルギーが眠っていると思っていたけど,死んでいるみたいに冷たくてまとわりつく海風も鬱陶しかった.
星座を知らなくても夜空に浮かぶ星には魅力がある.本当は魅力なんてないのかもしれないけど,魂を握られているかのように魅入ってしまう.活字で人の人生の短さや儚さや尊さを説かれても何とも思わないのに星をみると言語化できていない色々なことが一気に分かったような気になって苦しくなる.
鮮やかな星も近くで見れば太陽と区別のつかない凡な恒星だろうし,惑星だって月の裏側みたいにボコボコで汚いはずなのに.狡いなと思う.
いろいろ
他にも更新していない間にジャックラッセルテリアの仔犬をお迎えしたりしたんだけど,見返したらあまり文章としては残っていなかった.あの子の名前は柑橘類の八朔からとって「はっさく」
先代の「ゆず」が亡くなって3年,今年はいろいろな事があったので家族へのグリーフケアも兼ねて大切にすることにした.まだ生後2ヶ月と少しなのに猫みたいに跳ねて遊んでとてもかわいい.
"体力について"で6月からは軸を〜と書いているけれど,まだ全く定まっていなくて.でも焦燥感はそれほどなくて.
とりあえず生活をこなす日々が続いている.そんな感じ.
電気もつけずにそこで何をしているの?
最近はなんだか躁っぽくなっているというか,意図的にいろいろなことをやるようにしている.
四十九日が終わって時間にもある程度の余裕が出てきた.これは良いこと.
何が良くないかというと遺産相続とか行政での手続きみたいな"やらなければいけないこと"がなくなってしまったことなんだ.
時間・思考に余裕が生まれてしまうと鬱の入口が訪れやすくなってしまう.
例えば,半醒半睡のときに凄く現実味のある母親の夢をみる.それも毎日.これには精神的にかなりまいってしまう.
いつまでもこんな生活を続ける訳にもいかないし,なんとかしなければいけないことを頭では理解しているけれど,夢とか目標みたいなものがたてられない.
だから鬱にならないようにだけ気をつけて,毎日違う料理を作ってみたり,行ったことのないところを散歩してみたりしている.
でもこれはそろそろ限界,だから早く道を探さないと.
紙とペン,言語感覚.
日記を書こうとそれなりに上等なノートを買った.
そもそも,なぜ手書きで日記を書こうと思い立ったのか,これには複雑な理由がある.
君は知っていると思うけれど,僕はとても字が汚い.君に最後に手紙を書いたとき,僕はとても恥ずかしかった.
手紙の内容はともかく,文字が汚いと読む気が削がれるし,内容にまで泥を塗ることになってしまいかねない.
もう一つの理由は母の眠る棺桶に最期の手紙を添えた時のこと.動揺していたことを言い訳にもできるけれど自分の文字の汚さに情けなくなったんだ.
そんな訳で僕はメモは可能な限り紙に,日記も可能な限りノートへ書くことにした.
その結果,ブログを書く頻度が下がってしまったけれど,iPhoneのメモに綴る日記も継続はしている.
最近の読書
本を読む時間が増えた.文頭にあるように気を紛らわせるための読書がどうしても多いけれど,娯楽の読書を続けていても心が腐ってしまいそうなので,鍛錬の読書を積極的にしようと思っている.
鍛錬の読書というのは字面の通り,自分を強く,成長させるための読書で,一度読むだけでは理解できない物理や数学の本を手を動かしながら読んでいる.
実際に鍛錬になっているのかは分からない.理由も気を紛らわせるためと軽薄だし,今後の進路が一切決まっていないのだから.
都市について
法事を理由に名古屋を訪れている.都市部,なかでも政令指定都市になっている街は熊本市以外すべて訪れたことがあるけれど,名古屋という街は特別つまらない.
綺麗でもなければ汚くもない.地下鉄も市バスも発達しているし,空へと伸びる名駅前も高層ビル群も立派なものだ.それでも圧倒的に何かが足りていない.
僕は大阪という街が苦手だけれど,大阪は”おもしろい”と感じる.名古屋はなんでつまらないのか.家に居ると親戚と顔を合わせることになるので散歩がてら考えてみることにした.
理路整然とした街区.札幌や京都など,碁盤の目状に広がる都市は全国にいくつか存在する.名古屋もその代表的なものの一つで,徳川家が名古屋城を築城した頃の城下町の形成まで話は遡る.
その後は戦災の復興などで久屋大通などをはじめとした100m道路が整備されて今の名古屋が出来上がっていく訳だけど,現在の街の姿が近い札幌と比較してもつまらない.
父の生家のある名城公園近辺はその他のエリアと比較すると相対的に面白いんだけれど,それは碑があったり,町名に歴史を感じたりと名古屋城が近いからこそだ.
あてもなく歩いていると鶴舞公園に着いた.歩き疲れたので少しベンチで地図でもみながら休憩することにする.
下の二枚はほぼ同じ縮尺で表示した札幌と名古屋.都市圏としてみると濃尾平野全域に広がる名古屋の方が大きい.


以前に札幌を歩いた時のことを思い出してみる.札幌は道内最大の歓楽街のあるすすきのから歩いて行ける距離に豊平川や中島公園があり,少し遠いものの山手にある円山動物園や北海道神宮なんかへも歩いて行くことができる.対して名古屋にも中京圏最大の商業施設の集積地である栄から歩いて行ける距離に庄内川や名城公園があるが少し遠い.札幌と異なり名古屋市自体が海に面しているものの,歩いていくことのできる距離ではないし,東京のように地形の起伏があるわけではないから,見通しの良い丘になっているような場所も郊外へ出ないとない.
名古屋は広い平野に位置するために遠くに何かが見えることもなく,碁盤の目のように広がる街区のために視覚的な変化が小さく,川や山や谷などの地理的な面白さがないことから散歩のしがいがないんだと思う.
収拾がつかなくなりそうなので無理やりまとめると,僕が名古屋をつまらないと感じる理由は大きく二つあって,特有のあまり文化がない(今回は触れなかったけれど喫茶店文化なんかは好き)こと,もう一つは散歩のしがいがないこと.便利だけどやっぱり中途半端なんだよな,名古屋.
ラムネが好きだ.ブドウ糖を効率的に摂取できるし,清涼感のある口溶けがなんともいえない.でも糖の摂取方法として飽きてきてしまった.
せっかくなので名古屋に滞在している間に色々なショコラティエをまわることにした.ジャンポールエヴァン,ピエールマルコリーニ,ピエールエルメパリ.カタカナで書くとなんだかダサい.
高知へ帰ってきてからも美味しいチョコレートを食べたくて仕方がなかったので,なんとなくGoogleMapで「ショコラティエ」と検索すると近所(30kmくらい離れているけれど)に工房を発見した.どうやらオンラインでの販売しかしていないみたいで興味をそそられる.我が家は揃って甘党なのでチョコレートでコーティングされたガトーショコラを買ってみた.
数日してそれが届いた.それほど大きくはないけれど上品な味で上にのったピスタチオもかわいい.まだ創業から3年しかたっておらず,家族で経営されているそう.
視覚的に美しくて美味しいものは,一時的ではあるけれど簡単に幸せになれる方法の一つなので大切にしていきたい.君にもいつか食べてほしい.
ニンテンドースイッチが手放せない
そんなこんなで浪費を精神衛生のスタビライザーにしているから,当然貯金も尽きてくる.
半年以上使っていないものは売ってしまおうと思い,ゲーム機やテレビなんかを手放すことにした.ところが僕は"想い出"みたいなものにめっぽう弱い.
どうぶつの森に君からの手紙が届いていたことを思い出した.セーブデータを移したり,スクリーンショットを撮ってから売ってしまえば良いと友人には言われたけれど,どうやニンテンドースイッチは本体にしかデータを保存できない仕様らしい.僕にはニンテンドースイッチを手放せそうにない.
木下闇
眠れないので少し書いてから横になる
通夜に,葬儀に,相続に,と半月ほど右往左往して息を吐く暇もなかったからか気分が滅入ることもなかった.
二月になって行政関連の手続きがある程度終わると時間にも余裕が出てきて,記憶を考えを巡らせることも多くなってくる.一昨日の夜なんか記憶を辿ることを辞めてしまうと頭の中で殺めたような気がしてしまったので想い出を辿り切れなくなるまで家の周りを歩き続けていた.
こじんまりとした家族葬には不相応な量の花や電報が届いていた.家族と接する母の姿しか知らなかったのだなと思うと同時に自己犠牲を厭わない気丈な人間だったのだなと思ったりした.
僕は親の葬儀で泣けなかったことを負い目に感じていたのだけど,後から話を聞くと終始泣いていたらしい.そういうものなのかもしれない.
家族はみんな人間関係が苦手だと思い込んでいたけれど,厄介な親族関係や面倒な町内会を円滑に進めていてくれたのが母だったことに居なくなってから気が付いた.僕の人生はあとからひどく後悔することが多い.
良かったことは一緒に年を越せたこと.最後に僕の手料理を食べてくれたこと.家族全員で看取れたこと.良いことを絞り出さないとやってられない.
父や弟へのグリーフケアも考えなければいけない.みんな素直じゃないから強がって普通に過ごしているけれど,いつ鬱になってしまってもおかしくない.何とかしなければ.
そういえば夜伽の日,棺桶の中に手紙を入れた.たしか母への手紙は僕の二十歳の誕生日以来で,下書きも何もなく書き進めたから何を書いたのか覚えていない.便箋三枚分くらい感謝と謝罪を並べた気がする.親だということに甘んじて苦労しかかけていないから.
そう,そのときから綺麗な字をかけるようになりたいなと思うようになった.小さい頃に母と習字教室へ行った記憶がある.どうやら三日坊主だったらしく,母は僕の字が汚いこと,それを直そうとしないことを気にかけていた.
手始めに少し上等なノートでも買って,毎日の日記を手書きで書いていこうかなと思っているけれど,続けられる自信がない.
親が亡くなっても変われない自分が嫌だし,親が亡くなるまで変わろうとしなかった自分も嫌で困っている.
もう少しだけ毎日が忙しくあってほしい.回想に溺れるのはまだ先で良いから.
■
自宅で過ごす最後の夜,僕は母の隣で寝ている.
肉体はそこにあるのに,どうしようもなく悲しい.
柔らかい微笑を浮かべたその顔は,もう苦しみに歪むことも,哀しみに涙を流すことも,声を出して笑うこともなくて,あらゆるものから解放されたかのようにみえる.
父が声をあげて泣くのをはじめてみた.
その隣で僕は「0」で止まったパルスメータを眺めているしかなかった.皆が寝静まったあとにこうして一人,母のそばで泣いている.
いつまでも大人になりたい子供であること,母には見抜かれていたんだろうな.
お母さんは一人で頑張りすぎだよ.
本当にありがとう,あとは任せて.
43×47
どこまでも滑らかに新しい年を迎えた.
ご先祖様の発明した「時間」というものは優秀で,どこまでも滑らかに連続していくものに抑揚を付けてくれる.
人々は抑揚で己を律して生きるらしい.なるほどな,よくできてる.
ありがちな話だけど,良い話と悪い話が一つずつある.
悪い話は母親が再度入院することになったこと.面会は全面的に禁止らしい,感染症が憎い.次に会えるのはいつになるだろうか.
良い話は君から連絡が来たこと.胸の拍動が分かるくらいに驚いて,一晩置いて夢ではないことを確認してから開いたくらいには嬉しかった.まさかこの怠惰な生活と自分の記憶の補綴のために書かれたパッチワークみたいな駄文が人の目に触れているなんて.
誰かに読まれていると思うと見栄を張りたくなってしまうし,あまり暗い話は書けないなとも思ってしまうけど,聞かなかったことにして今年も日常の延長を書き連ねていきたい.
どうか恙無く過ごしてほしい.
うつとエトセトラ
双極性障害やうつと付き合ってきて分かったことがあるので箇条でまとめる
■できる範囲で気を配ること
・日光を浴びる(セロトニン不足に陥らないように)
-できれば日光浴が望ましいけれど,寝起きに少しカーテンを開けるだけでも気分が晴やかになると思う
・就寝時の消灯
-ある程度の好みはあるけれど疲れが取れないので僕はアイマスクをつけて寝るようにしている
-一時期耳栓も使っていたけれど無音は僕には向いていなかった
・食事のバランスを整える
-あすけんを使うと不足している栄養素が分かって良い
-就寝前と起床後に水を飲む(僕は肌の状態の維持と高血圧や尿路結石予防にやっている)
・適度な運動(散歩や入浴後の軽いストレッチなど)
-この季節は身体を冷やさないように入浴後は控えたほうが良いかもしれない
-陰鬱なとき以外に瞑想をするのも,精神衛生上良い気がする
・感情の起伏を滑らかにする
-精神的な負荷が小さくなるように感じる
-感受性は千差万別だけれど急激な変化を避けることにも効果はありそう
■うつになってしまったときに
・うつになってしまうと上記のことに気を配れないので,感情を揺さぶられるものを遠ざける
・デジタルデトックス
-大量の情報に触れることを避けると外の因子に気分を左右されることが減る気がするけれど,ストレッサーに囚われてしまうなら敢えて大量の情報に身を任せるのも良いかもしれない(わからない)
-僕は読書や勉強の記録と脱スマホを兼ねてForestというアプリを使い始めた.かわいい森が育てるのが楽しい.
・カーテンを開ける
-無理に散歩や日光浴をしなくても気分が晴れるような気がする
■うつや気分障害から自律神経失調になってしまったときに
以前に自律神経失調で病院にかかったとき,気持ちに余裕があるなら日光浴(セロトニンの不足を避ける)や半身浴(血行を良くして体温を正常に),それに(当然ではあるけど)ストレッサーをさけることなどが良いと言われた.
うつ病に対してはSSRIなどがあるけれど,自律神経失調の治療薬や即効性のある治療法はないらしい.
自分の意識や感情とうまく付き合っていきたいな
一月三日のメモ
2021というのは一見素数にみえるが,実は 43×47 に分解できてしまう.
弟に「成人してから素数で一喜一憂してみせるのはチープなユーモアだ」みたいなニュアンスのことを言われたことがあったけれど,それが単独で存在しているものなのか何かを組み合わせて成立しているものなのかには大きな差があるように思えてやめようにもやめられない.
書きながら「想い出は破壊せずに分解しよう.なぜ分解なのかって?また誰かの手で組み立てることができるから」みたいな話を思い出した.これはあまり関係がないな.
無事に家族が誰一人欠けることなく新たな年を迎えることができた.
感染症が流行していようがいまいが元日というのは怠惰なもので,良くも悪くも特別なものではなかった.
ここ最近(一ヶ月くらい)は夢をあまりみなくなっていたけれど,二日の朝に見慣れた夢をみた.
一富士二鷹三茄子と四扇五煙草六座頭に続く七番目が君,縁起が良い.
一月四日のメモ
いくつか本が届いた.100文字SF,持続性の本質,昔話のコスモロジーetc.
実はもう既に100文字SFは読み終わっている.1ツイートよりも短いじゃないかと思った直感は間違っておらず,著者がTwitterで書き連ねたものから厳選して本にしたらしい.マイクロノベルというジャンルは耳にしたことがあったものの,140文字で含みをもたせたり余韻に浸らせるような文章なんて書けないのではないかと穿った見方をしていた僕の考えをものの数十分で改めさせる力があった.
【ほぼ百字小説】(131) 急坂にある商店街だ。商店街全体が少しずつずり落ちていくから、いちばん上には空き地ができる。そこに新しい店が入る。坂を下れば下るほど左右の店舗は古くなる。いちばん下がどうなっているのかは、誰も知らない。
— 北野勇作 『100文字SF』発売中! (@yuusakukitano) December 23, 2015
【ほぼ百字小説】(1173) 再生を行うたびに傷がついて劣化していく記憶媒体と変質せずに再生が可能な媒体。自らが傷つくことなく再生することはできない、だからこそ素晴らしい、とする説もあって、その検証のため試作されたのが人間である。
— 北野勇作 『100文字SF』発売中! (@yuusakukitano) January 14, 2018
1ページにほぼ100文字の作品がぽつんぽつんと載っているだけなのに,話に奥行きがあって情景をイメージしたくなる構造で,読み終わってからしばらくそのページに滞在していたくなる感覚.凄いなあ.
今年の抱負を掲げる,というと少し荷が重いので大まかな方針を決めたい.
まずは本に関して.まずは積まないこと,それとメモはしっかりと取ること.
次に暮らしに関して.人に(特に母親に)優しくしたい.運動する習慣をつけたい.料理が上手くなりたい.人生の方向性を定めたい.
とりあえずそんなところ.
一月六日のメモ
今日は母の入院に必要なものの買い出しと,弟の買い物に付き添ったくらい.
本当に書くべき話は冒頭でほとんど書いてしまっていて,これ以上付け足しても冗長になってしまう気がする.
メッセージへの返信はするべきかしないべきかついさっきまで悩んでしないことにした.
表現できないくらいに嬉しかったこと,どうにか伝わってほしい.
「お伽噺のつづき」というナンセンス
年内に机の周りだけでもと午後から掃除をした.本当は前日までに済ませておくものらしい.
特に観たい番組も連絡をする相手もいない,初詣や初日の出なんて以ての外である.
なんとなくベッドでうつ伏せになって一年を振り返ってみると本当に空っぽで驚いた.
思い返せば長らく現在も未来もみえていない.過去に生きてしまっている.
頭の中のもやもやを整頓することで未来はともかく少なくとも"いま"に向き合おうと筆をとった次第だ.
学業
これといった理由があるわけでもないのに後期も休学してしまった.
それ以外で勉強っぽいことといえば,気が向いたときに数学セミナーを読んだり解いたりするくらい.特に2021/1号は円城塔さんの読み物が素晴らしく,いくつかのSFを読み/観なおすキッカケになった.林晋先生の寄稿「数学基礎論」では僕の愛読書であるGEBも紹介されており数学を学びなおすモチベーションが少しだけ湧いた.
頭を捻って考えたけれどこれ以上は何もしていない.
生活
梅雨があけた頃,様々な理由から実家へ帰ることになる(実質春先からのようなもの)
もちろん感染症の問題が第一なのだけれど,心理状態的にも外出が億劫になり病院と書店以外ではほとんど外出することがなくなった.これは悪いことではない,家事の能力が格段にあがったのだ.
家事の中でも特に料理にハマって色々と試行錯誤を繰り返している.次に引っ越すことがあればコンロが2口以上あって作業スペースの広いキッチンがついた家に住みたいな.
みんはやを再開した.対策シートを作ってからみんなで対戦の戦歴が1.2k対戦/61連勝/96%(正答率)/S2(ランク)くらいまで伸びた.これはそれなりに嬉しかったけれど独立した知識自体には価値がないので人間としての成長は皆無なんじゃないかと思う.
仕事
(ありがたいことに)前職の人間が仕事を投げてくれたが断ることにした.スピードもセンスも判断力も必要な場所で明らかにいまの僕は足手まといになると感じたからだ.
仕事でもなんでもないがエムスリー株(2413)でそれなりの利益が出た.一週間もしないうちに本に変わってしまったけれど.
健康
お世辞にも良いとは言えない.
歯科,耳鼻咽喉科,口腔外科,精神科,脳神経外科にかかり,新型の感染症で大変ななか医療従事者の皆々様には本当にお世話になった(耳鼻咽喉科,口腔外科に関しては年始からもお世話になる)
精神衛生の不調は僕の根性の問題だと思うことにした.人に強要するのは良くないが結局根性論みたいなものが自分を律するためには必要なんだと強く感じた.
健康面で怖い思いをしたのはドライソケット(&上顎洞炎)で高熱が続いたこと,ある朝突然左耳が聴こえなくなったことの2つが群を抜いている.高熱が出た際にはCovid-19を疑ったし,おまけに上顎洞炎になってクリスマスイブに口腔外科を受診するハメになった.炎症が治まらないと血餅を作るフェーズに移れないとのこと.
耳に関しては突発性難聴という難病らしい(確定ではない),治ることもあれば後遺症が残るケースもあるし当然治らないケースもあると言われた.怖いけれど仕方ない.ベートーヴェンも晩年は耳が聴こえなかったというし,ゴッホだって自らの耳を切り落とした.耳なし芳一だって...... きっと何かの代償なんだろう.
お気に入り
今年のお気に入りコンテンツたち(初見以外を含む)
書籍:独学大全,銀河ヒッチハイク・ガイド,キャンベル生物学,Novacene,Land of Lisp
映画:Amélie,Catch Me If You Can,Midnight in Paris,Bonnie and Clyde,The Wolf of Wall Street,Flatliners,The Truman Show,ペンギン・ハイウェイ,羅生門
漫画:シメジシミュレーション,左利きのエレン,オートマン
音楽:Gymnopédies,Nocturne Op.9:No.2,就寝御礼,エンドロール,椎名林檎・東京事変全般
アニメ:少女終末旅行,未来日記,ゆるキャン,宇宙よりも遠い場所
ゲーム:テクテクライフ
気になるもの:靴ではAlexander McQueenのMen's Floral Suede Venetian Loafers,本では小笠原鳥類詩集,極大と極小への冒険,持続性の本質,ビジュアルリーマン予想入門,マギーキッチンサイエンス,ジオダイナミクス,タワーの文化史あたり.
今年もそれほど本は読めていない,映画は100本くらいは観れたんじゃないだろうか.新しくというよりも再視聴・再読の多い一年だった.年末年始はライ麦畑でつかまえてを読もうと思っている.
テクテクライフの再始動は嬉しかった.引きこもっていてもできる希有な位置情報ゲームだし,製作者の方も本当に地図が好きなんだなという気持ちがよく伝わってくる.
今年はどんな音楽を聴いていたんだろうと思ってAppleMusicを開くとSpotifyのように振り返りのできるプレイリストが組まれていた.

僕は僕なりに音楽が好きだけれど,おそらく通の人から言わせると邪道でダサい楽しみ方なんだろうなと思う.というのも歌詞の構成や音の構成を機械的に分析してしまっているような気がしている.だから音楽と人や想い出を重ねて「もうこの曲は聴けない」「○○を思い出す」などという人の気持ちが理解できなかった.
けれど僕にもいくつかそんな曲ができた.脳ってやつは凄くて音に紐付いた情報で"その時"の微細な部分まで再現してしまう.尤も僕は"それ”を聴かなくなることはない.
2020
いつか終わるものは美しい.それでも人は「永遠」に固執するし,それにも美しさを重ねてしまう.
君はすごいな,僕の中で永遠となることに成功している.
2021
健康に穏やかに"いま"を生きたい
余裕があれば未来のことも考えたい
秋らしい
代わり映えのない日々を過ごしているうちに冬の匂いがしてきた.
やっぱり秋は2019年製に限る.
最近読んだ本で面白かったのはJames LovelockのNovacene,石弘之の感染症の世界史,それにDouglas Adamsの銀河ヒッチハイク・ガイド.有益だったのは読書猿氏の独学大全(もっとも勉強なんて長いことしていない)
映画は当分観ていないけれど,その分音楽を聴くようになった(ラヴェルやサティを始めとした印象派にハマっている)
■秋と生活圏(9/25)
朝から夕方まで窓を開けて過ごせるくらいの気温と湿度.エアコンから降りてくる人工的な冷気じゃない,部屋の壁を撫でるように吹き抜けていくやわらかい風.それでいて夜は少しひんやりとする,心地良い.
秋は夏の囂しさもなければ,冬の陰陰滅滅とした雰囲気もない.それなのに山の色付きは夏の賑やかさと冬の寂しさを兼ね備えているみたいで好きだ.
生活圏はどんどん狭くなる.歯医者,本屋,コンビニ,公園,これで生活が完結する.家の中にいてもベッドかその隣の椅子に腰掛けている.
狭い部屋の隅に籠もっていても塞ぎ込まずに済んでいるのは足元にあるアーチ窓のおかげだ.
朝食を食べて朝日が登ると窓際にスズメがやってくる.どうやら窓枠の下,1階と2階の瓦屋根の隙間に巣を作っているらしく,なかなか至近距離で鳥が餌を啄む様子をみることはないので癒やされている.家族には黙っておこう(瓦の隙間に巣を作られると瓦が浮いて事故につながるので撤去されてしまう)

■SNSとか(10/4)
久しぶりにTwitterにログインしたけれどあまり良い気分にはならなかった.TLの構築の仕方が原因なのだろうか,今は人間関係を求めていないのかもしれない.
アカウントごと消してしまおうとも思ったけれど,思い出・思入れのあるアカウントなので躊躇われた.現在と未来だけじゃなく過去も大切にしたい.
仕事をしていた頃に使用していたTwitterアカウントにもログインしてみた.こちらも厳しいものがある.今が正常なんだろうか,あの頃が正常なんだろうか,生まれつき正常では無いんだろうか,正常なんて存在しないんだろうか.
そんな事を考えながら犬と猫が戯れる動画を観ていたらどうでも良くなってきて,またひっそりとTwitterからログアウトしたのだった.
■歯の痛み(10/12)
僕の自我はへなちょこなので,何をしていても恋人のことを考えてしまう.読書をしているとき,散歩をしているとき,シャワーを浴びているとき,これが日常になってきている.
先月から虫歯の治療をしに歯科へ通い始めた.そこでも歯科助手の方をみるたびに恋人(厳密には初めてデートをした翌日のお昼)を思い出す.
麻酔が効くのを待機している間に眼の上にホットアイマスクのようなものが置かれた.これがとても眠くなる.
ふと顔を上げると隣に歯科助手として立っていたのは恋人だった.相変わらずめちゃくちゃに可愛い.何を喋っていいのか分からずしばし見つめ合っていた.
椅子がリクライニングする振動で目を覚ました.と言っても流れている音楽から推測するにほんの数秒の間,半醒半睡の状態でみた幻影,白昼夢だったんだろう.
削られた歯よりも高鳴る心臓が痛かった.
■①ニュースをみる癖をやめたい(9/28)
中学受験に時事問題が出るからという理由で小学生の頃から意識的にニュースをみるようになった.そのお陰で政治経済・Tech関連のニュースには強くなったような気がするけれど,最近はニュースをみていて落ち込むことが増えてきた.それに社会との接点がほぼ皆無になった今,鮮度が肝心な情報をインプットすることが無駄に思えてきた.
個人発信のSNSからは抜け出すことが出来たもののダイニングに新聞が置いてあると読んじゃうし,スマホに届くニュースも読んでしまう.流れの早い情報はADHDの僕には凄く楽しいものだし,前職への適性も情報感度の高さ故だとは思うが,やはりニュースをみることによる精神衛生上のリスクが大きくなったからには一度やめたほうが良いのかなと思った.
■②飲酒をやめたい(9/28)
ニュースをみる量を減らそうと決めて数時間経った.今日はまだみてない.
それはそうと酒は良くない.飲酒量が増えていることにやや危機感を募らせていたけど,昨晩少々飲みすぎたせいで今朝驚くほどパフォーマンスが下がったことを思い出した.
そもそも酒は一人で飲んでも面白くないのではないかと思うようになってきた.ストレスリトマス試験紙としてのビール,陰鬱とした気持ちを希釈するためのリキュールやチューハイ,こういった用途で飲み続ける以上酒への依存は避けられない.
それに最近は美味いと思って酒を飲むことがなくなったように思う.
惰性の飲酒.これほどつまらないものはない.飲酒もやめる.
■秋の森(10/9)
最近はよく近所の浄水場(小高い山の上にある) へ散歩に行く.
ここは夜景が綺麗だとか,手入れされた庭園があるだとか,そういった場所ではないけれど小さい頃から馴染みのある落ち着く場所だ.
てっぺん近くは少し開けた公園になっていて春になると桜で色付く.僕が散歩へ行くのは大抵陽が沈んでからなのでそうした季節の移ろいを感じることはあまりないが,夜ならではの小さな出会いがあったりする.
野鳥や狸,稀に仲睦まじく犬を散歩させる老夫婦
僕はそういったものとの交流もほどほどにして雑木林の奥へと進む.月明かり以外には何もないようなところにたどり着くと恋人しかリスナーのいないラジオを録り始める.
内容は本当に些細なことだ.さっきみた狸のこと,昨晩作ったパエリアのこと……
そんな時,ガサガサッと音がしたりする.ドキドキしながら周囲をみまわして「ふぅ」と大きなため息を吐いては,風で葉が擦れる音に過剰に驚いた話なんかをする.
ひとしきり話すと,すくっと立ち上がって来た道を戻る.こんな日には帰り道にうっかり雨が降ろうとも落ち込まない.風邪はひいたけど.
■浮世の瑣事が余りにも多し(10/11)
何もしていない僕を心配してか,それとも母親の退院祝いか,家族で高原へ行くことになった(なんだかサナトリウムみたいだけど,空気が綺麗で人のいないところへしかいけないから仕方ない)

県境にある細い道を天へと縫うように登っていくと,突然カルスト台地に出て視界がひらけた.
そして久しぶりのカルストに心を奪われた僕はここの写真を一枚も撮っていない.
標高2,000m近い山頂からは隣県や海までも見渡せる.
思わずワーズワースの『浮世の瑣事が余りにも多し』が頭をよぎる.
家族が何をしていたかは知らないけれど,僕は長いことぼーっとしていたんじゃないかと思う.
帰り際に山小屋でトイレを借りて,さて帰ろうかというときにさっと霧がはれて雲海が広がった.
カルストや雲海以上に紅葉にも圧倒されて,少し心に余裕が出た気がする.

■秋が終わる(10/31)
今日はハロウィーンらしい.母の作るかぼちゃのパイをみて気が付いた.
退院してからは寝たきりになるかもしれないと医師に脅されていたので一安心している.
家族との交流も減ってきた.特に真ん中の弟とは何日も口を利いていない.
2週間くらい前にどういう文脈だったか恋人に関してからかわれて顔を殴ってからだ.
人に手をあげるのは中学生以来何じゃないだろうか,凄くスッキリしたけれど,謝罪がないので許していない.ひょっとすると殴る口実を探していただけなのかもしれない.
思い出しながら書いているとまた気分が悪くなってきたので,思い出すのはやめようと思う.
秋はもう行ってしまうんだろうか.
明日で18ヶ月,あと数日で誕生日.今年の冬は例年以上に寒くなりそうだ.